2010/02/22

リビア vs. スイス

今回のエントリーは、リビアのビジネスリスクと外国(スイス)との関係についてです。

リビアのカダフィ大佐について良いイメージをもっている日本人は少数派ですが、今回取り上げるニュース記事を読めば、ますます「カダフィは危険人物で、予測不可能。リビアはリスクが高い国だ」と思ってしまうでしょう。

しかし、私は、リビアはいずれアブダビのようになるので日本企業は早めに進出すべきである、と考えておりますので、ニュース記事について説明します。

本件は、国際関係において、
①「ボタンのかけ違い」があった場合は、すぐに修正しなければならない、
②相手国のプライドを傷つけないようにしなければならない、
ということが判る事例です。これは国際問題だけでなく、人間関係にもあてはまりますね。


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【 ニュース 】

リビア、欧州市民向けビザ発給を停止 スイスとの関係悪化で [1]

【カイロ=安部健太郎】ロイター通信は15日、リビアが欧州の大半の国の市民へのビザ(入国査証)発給を停止したと報じた。トリポリ国際空港当局者の話として伝えた。リビアの政府系紙アルワタンは、リビアと緊張関係が続くスイスが、最高指導者カダフィ大佐一家を含む188人のリビア人入国を禁じていることへの対抗措置だと報じた。
ビザ発給再開のめどや、対象国の詳細は不明。在リビア日本大使館によると、日本人へのビザ発給は停止していない。
スイスは欧州諸国の大半で市民や旅行者が旅券(パスポート)審査なく移動できる「シェンゲン協定」に加盟。スイスによる入国拒否対象者は連動して他のシェンゲン協定加盟国へも入国できなくなるため、リビアの対抗措置の範囲が広がったとみられる。



【 解説 】

問題の発端はカダフィの五男のハニバル(Hannibal)夫妻[2]がスイスのホテルで自分の使用人に暴力をふるったという容疑で、身重の妻も一緒に警察に2日間留置されたこと。(その後の経緯は末尾参照[5]。)

リビアの主張は、①Hannibal氏は外交官パスポートを所持しているので、不逮捕特権がある。②警察で取られたHannibal氏の写真が新聞に掲載されたことは、プライバシーの侵害である。③問題の解決のため、リビア・スイス合同委員会を設けると約束したのにも関わらず、スイスは約束を反故にした。④スイスがリビアの幹部をブラックリストに載せて、スイスの入国を制限しているので、相互主義の観点から、リビアもスイス(及びスイスが加盟しているシュンゲン条約の加盟国)に対し、リビアへの入国を制限する。

リビアは、Hannibal夫妻が逮捕された直後に、スイスに対する原油の輸出を禁止し、スイスの銀行から預金をおろし、飛行機の運航を取りやめ、スイス人2名をビザの不備があることで逮捕して、一時は居場所も分からなくしていた。

スイスの主張は、①Hannibalは実質的な外交官ではない。②スイスの大統領[3]がトリポリに出向いて謝罪したのにも関わらず、軽微な罪で捕まえていたスイス人を返さない。


【 コメント 】

・本件は「売り言葉に買い言葉」のレベルの対立であるが、お互いにプライドを傷つけ合っているように思える。現在交渉中であるので、どのように解決されるかは不明であるが、原点に戻り、ボタンの掛け違いを直さないとおさまりがつかないと思われる。

・特にリビアに関しては、日本の政治家とマスコミは、事実関係をきちんと押さえてから、批判なり評価をすべきである。万一、不用意な発言をした場合、リビアに進出している日本の会社(石油会社など)に迷惑がかかる可能性があるので注意すべきである。ここでは詳しくは述べないが、カナダの政治家が不用意な発言をしたため、リビアで生産中のPetro-Canada社が生産量を半減させられたことがある。[4]



【 参考資料 】

[1] リビア、欧州市民向けビザ発給を停止 スイスとの関係悪化で (日経、2010/2/16) http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20100216ATGM1503C16022010.html

[2] カダフィの息子達

長男:Muhammad Gaddafi: オリンピック委員会。通信会社。政治には無関心。 (母親が、次男以降の息子の母親とは違う。)
次男:Saif al-Islam Gaddafi:国際復帰に尽力。カダフィの後継者の最右翼とみなされている。
三男:Al-Saadi Gaddafi:サッカーに熱心
四男:Mutasim-Billah Gaddafi:軍人。national security adviser
五男:Hannibal Gaddafi:欧州諸国で暴力事件等を起こしている。
六男:Saif Al Arab
七男:Khamis:警察官
(参考)http://en.wikipedia.org/wiki/Muammar_al-Gaddafi
※注;カダフィのスペルはいくつかある。

<写真>


[3]スイスの大統領
スイスの連邦大統領は国家元首ではない。毎年12月初めに連邦議会において、連邦参事会のなかから1名が連邦大統領として選任される。任期は毎年1月1日から12月31日までである。2009年にリビアを訪問して謝罪したメルツ大統領は、2009年に任期切れになっている。仄聞するに、リビア訪問は彼の独断であったようだ。

[4] Libya curbs Petro-Canada production in apparent retaliatory move (The Oil Daily, 2009/10/2)
http://www.allbusiness.com/company-activities-management/company-structures/13233739-1.html

[5]経緯

2008/7/15:ガダフィ大佐の息子ハニバル・ガダフィ氏と妊娠中の夫人がジュネーブで逮捕される。容疑は使用人に対する障害、恐喝など。
7/17:逮捕後2日で夫婦は釈放される。
7/19:リビアは、リビアに滞在していたスイス人2名を逮捕。容疑は入国・滞在規範違反。
Max Goeldi(スイス資本が入っているエンジニアリング会社ABBのディレクター)及び
Rachid Hamdani(スイスの建設会社社員)
7/22:スイス外相は、電話でリビア政府に抗議。
7/23:リビアは、スイスへの石油輸出を停止すると脅す。
7/25:スイスは、2国間の関係の「たいへんな非常事態」と発表。
7/26:リビアは、スイス政府に対し、謝罪と事件についての事情説明を要求。
7/28:スイス、リビア両政府の直接交渉が行われる。
7/29:2人のスイス人の保釈金が支払われ解放されたが、帰国は許可されなかった。(注:中東諸国では「出国ビザ」が必要な国があるが、リビアもその1つ。)
8/13:ハニバル氏の使用人2人の弁護士は、告訴を取り下げないと発表。
9/2:使用人2人が告訴を取り下げる。
9/3:ジュネーブ州の検事総長は、ハニバル氏の不起訴を決定。
9/4:スイスの新聞紙「La Tribune de Geneve」はハニバルが警察で撮影された写真を掲載。(注:警察が新聞社にリークしたと考えられる。)


2009/7/8-10:G8(イタリア)開催時に、カダフィは「スイスを分解して、イタリア、ドイツ、フランスに分け与えろ」と発言。
8/20:スイス大統領(ハンス・ルドルフ・メルツ氏Swiss President Hans-Rudolf Merz)がトリポリを訪問し、謝罪。
8/25:スイス連邦大臣専用機がスイス人2人を連れ戻すため、リビアに飛んだ。
8/27:同機は2人を乗せないままスイスに戻った。
8/30:ハニバル夫妻逮捕事件の合法性を問う裁判の裁判官として、スイスは英国人エリザベス・ヴィルムシュースト氏を任命。
9/2:リビア側はパンナム機爆発事件のリビア側弁護士サアド・ガーバー氏を任命した。
9/24:国連総会でメルツ大統領、ガダフィ大佐と会見。
10/18:スイスは6人の派遣団をトリポリに送るが、拘束者2人は帰国せず。
11/?:軟禁中のスイス2人は、スイス大使館に保護される。
12/1:リビアの下級裁判所で、「Goeldi氏とHamdani氏の両名は、16ヶ月収監される。」との判決。両者は上告した。

2010/1/31:Hamdani氏は無罪判決。
2/31:Goeldi氏は1,000 dinars ($800)の罰金判決。
2/7:リビアの検察は上告しなかったので、Hamdani氏の無罪決定。
2/11:(理由は不明だが)Goeldi氏は、16ヶ月の収監が4ヶ月に短縮された。
2/?:スイスがカダフィを含むリビアの要人188人の入国を拒否するブラックリストを作成した、と報道された。
2/15:リビアは、スイスが加盟しているシェンゲン協定加盟国国民のリビアへの入国を拒否すると発表。
2/18:リビアとスイスが交渉@マドリッド
2/19:交渉@ベルリン

連邦外務省( EDA/DFAE )の発表によれば、スイスのカルミ・レ外相は「2009年秋にリビアに軟禁状態にあるスイス人2人が首都トリポリから姿を消し、その後行方がわからないまま、ようやく11月にスイス大使館に保護されたことに対し、リビア側からの説明が一切なかったこと」 が、リビア人へのビザ制限を行った理由であるとリビア側に対し説明したという。[6]

スイスが提示した条件:リビアが2名のスイス人を釈放すれば、ブラックリストを破棄する。
リビアが提示した条件:スイスは、Hannibal Gaddafiが警察の管理下にあった時の写真がメディアにリークされたことに関する捜査を開始すること。


[6]スイスとリビア、スペインの仲介で対話 (SwissInfo, 2010/2/18)
http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/index.html?cid=8330914

その他資料

カダフィ大佐の後継者はSaif al-Islam氏に決定
http://let-us-know-africa.blogspot.com/2009/10/saif-al-islam.html


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1 件のコメント:

  1. 追加情報(2011/3/2記)

    スイス国民議会の特別委員会は、政府の対応ぶり調査していたが、その結果を2010年12月3日に発表した。

    リビア問題  失策の反省 (SwissInfo, 2010/12/6)
    http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=28964212

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