2012/05/07

今のままでは安くならないシェールガス

最近 「シェールガス革命」 という用語を頻繁に見聞きするようになった。メディアが注目しだした要因は、停止した原発を補うためLNGの重要性が増したこと、また、日本のLNG輸入価格が米国の天然ガス価格を大きく上回っていることだと思われる。

シェールガスは米国だけでなく世界中で生産できる可能性がある。その埋蔵量は莫大であるが、生産に伴う環境汚染問題が指摘されており、一部の国は生産を許可していない。

今回の記事では、
①シェールガスに関する南アフリカのニュースを取り上げ、次に
②シェールガスに関する基本的な解説をして、最後に
③日本のメディアがあまり取り上げていない見解を述べる。

【 ニュース 】

南アフリカのシェールガス埋蔵量は世界第5位である。大手石油会社が技術評価を終えており、掘削するための政府承認を待っている。シェールガス開発に関する主な出来事は以下のとおり。

1.2011年4月、南アフリカ鉱物資源大臣がシェールガス開発のモラトリアムを宣言した。新規に申請を受理しないし、既に受理しているものについては決定の判断をしない、という内容である。[1]

2.2012年2月の報道によると、
①鉱物エネルギー大臣、科学技術大臣、貿易工業大臣、及び、石油公社社長で構成されるチームが、シェールガス開発に係るリスク評価を実施している。[2]
②鉱物エネルギー大臣は、「2012年3月末迄に評価レポートを内閣に提出する」と発言したが[3]、4月末現在、提出されたという報道はない。


【 解説 】

1.シェールガスの地質構造図、賦存状況、埋蔵量

シェールガスとは、頁岩(けつがん、shale)を人工的に破砕し、割れ目(fracture)をつくり、その中に閉じ込められている天然ガスを採取したものである。

水平掘りの技術(図1)、割れ目を作る技術(図2)が必要であるが、それらの技術が進歩したため、商業的に生産できるようになった。この割れ目を作る方法が、水圧破砕法(hydrocracking, cracking)である。[4]

現在は、主に米国で生産されているが、世界中に埋蔵量がある。世界の天然ガスの埋蔵量 1,274TCFに対し、技術的に生産可能なシェールガス 6,622TCFと5~6倍の量である[5]。地域的には、中南米29%、オーストラリア27%、南米18%、アフリカ16%、欧州10%である。南アフリカは世界第5位である。(図3)

図1:ガス田の地質構造図

図2:シェールガス地質構造図





図3:シェールガス埋蔵量



2.シェールガス開発の問題点

(1) 危惧されている問題点

水圧破砕には各社秘密の化学物質が、生産層の上部にある岩盤層の小さな亀裂を通って浸透し、飲料水に使われる水を含む帯水層に混入し汚染するのではないか、という危惧がある。また、水圧破砕している最中は坑井内の化学物質は強い圧力下にあるが、それが坑井の壁面(セメントとスチールのケーシングで防護されている)に割れ目を作り、帯水層に漏れることが危惧される。[6]

このような問題があるため、フランス、ブルガリア、南ア、スイス、オランダでは国全土においてシェールガス開発が禁止されている。また、他国では108地域において禁止されている。[7]

(2) 米国EPAの調査

米国環境保護局(Environmental Protection Agency: EPA)が2011年12月に発表したドラフト報告書[8]によると、ワイオミング州Pavillion地域におけるシェールガスの水圧破砕法が水質汚染の原因となっていると結論付けた。ただし当該地域に固有な地質は、他の地域のそれとは違うので、因果関係については慎重な立場をとっている。[9] なお、EPAの第一次レポートは2012年末に、そして最終報告書は2014年に発表される予定である。[10] 現在モラトリアム宣言をしている国・地域は、このレポートの結果を待っているはずである。

(3) 水を使わない方法(GasFrac)

カナダの会社(GASFRAC Energy Services)が開発したLPG破砕法(LPG fracturing technology) という新技術が2つの意味で注目される[11]。第1に、水質汚染の原因である水を使わないので、諸問題の突破口となる可能性がある。第2に、LPGを使うことで、より大きな体積のシェール層を破砕できるとされており、より多くのガスを生産できるという[12]。同社は2011年11月に「World Shale Gas Award for Technological Innovator」という賞を受賞している。[13]


3.南アフリカにおける状況

南アフリカでは、Shell、Sasol、Statoilなど大手石油会社が技術評価をするために鉱区を与えられており、実際に掘削する段階にきているが、現在のところシェールガス開発はモラトリアムになっている。

図4:外国企業の鉱区申請状況


冒頭のニュースの欄において述べたように、政府はシェールガス開発の問題点を評価しているところであり、遅かれ早かれ公表するはずである。しかし、この問題が技術的問題だけでなく、政治的な問題になりつつある。

南アフリカの黒人権利拡大政策(BEE 政策)[14]の一環として、Shellは Thebe Investment Corporationとマーケティング事業と精製事業でパートナーを組んでいる。そして、Thebeの大株主であるBatho Batho Trustは南アの与党であるANC (African National Congress, アフリカ民族会議)と密接な関係にある。野党第一党であるDA(Democratic Alliance, 民主同盟)は、「ThebeはShellとの合弁を解消すべきである」という趣旨の発言をしている。[15]

政府/ANC が実施しているシェールガス開発の評価の内容が、Shellに都合が悪いのであれば、そのレポートの公表は延期されるかもしれない。あるいは、Shellに都合が良いのであれば、ANCも利益を得ることになる。このように、政治が絡む要素があるのである。


【 コメント 】

1.シェールガス開発のリスクを割り引いても、南アフリカのシェールガスに注目する価値があると考える。


2.近年、商社などが北米のシェールガス事業に参加するようになり、国は資金的支援するようである[16]。ここで注意しなければならないことは、
①「業界の支援」と「日本国民の支援」は違うし、
②「安定供給の確保」と「低廉な供給」は違う
③石油・ガス開発には「上流」「中流」「下流」という段階がある---ということである。

商社などが、シェールガスの上流権益を取得して、ガス開発して、LNGを日本に持ち込んで電力・ガス会社に販売する場合、販売価格は、日本が中東などから輸入するLNG価格と同じである。もし大幅に割り引いて販売したならば、株主から訴訟を起こされるのは必須だ。

国が商社のシェールガス事業を支援するということは、「安定供給の確保」には役立つが、消費者が支払う電力料金やガス料金は下がらないのである。

要するに、日本の電力・ガス会社が鉱区の「上流権益」を取得して、自らがガス開発しなければ安価なLNGを調達できないのである。(上流権益を取得するということは、リスク度合いが高い探鉱・開発の費用を負担することであり、成功した場合には権益分のガスを引き取ることである。)自由化が進んで競争をせざるを得ない欧州の会社は、ガス田の上流権益を取得しているのである。

日本の電力・ガス会社が高いLNGを購入している理由は、「総括原価方式」を採用しているため、高価なLNGであっても、消費者に転嫁できる仕組みになっているためである。日本の電力・ガス会社の全てが同じようなLNG価格を支払っているので、「皆で渡れば怖くない」仕組みになっている。制度上、安定供給を求めればよいのであり、上流事業のリスクをとってまで安価なLNGを調達しようという企業努力をする必要がないのである。

消費者が支払う電力・ガス料金を下げるためには、電力・ガス会社自らがガス田の上流権益を取得して、国際価格以下の安いLNGを調達するしかない。国が資金援助する場合において、商社よりも電力・ガス会社を優遇することで政策誘導することは可能である。

【 参考文献 】

[1] Minister of Mineral Resourcesのメディアリリース(2011/4/29)
[2] 水・環境大臣はメンバーには入っていない。
Gas Exploration: More reasons why a moratorium is in order(2011/4/13)
[3] Bid to keep veil over fracking task team (2012/02/01)
[4] 掘削ビデオ
[5] World Shale Gas Resources:An Initial Assessment of 14 Regions Outside the United States (APRIL 2011)
[6] 非在来型天然ガスセミナー ヴィンソン・アンド・エルキンス外国法事弁護士事務所
[7] Fracking bids ‘are fatally flawed’(2012/2/17)
[8] EPAドラフト報告書(2011/12/8) 
[9] 本件を報じた記事 EPA Report Links Fracking To Water Pollution (NPR、2011/12/8)
「シェールガスの環境問題」の具体的な中身: 地下水汚染やメタンガスの漏洩だけではない (日経ビジネス、2012/4/23、大場紀章)
[10] http://www.epa.gov/hfstudy/
[11] http://www.gasfrac.com/
紹介記事 
[12] http://www.gasfrac.com/operator-advantages.html
[13] http://www.gasfrac.com/assets/docs/PDFS/GASFRACreceivesprestigiousaward.pdf
[14] 南アフリカ共和国におけるBEE政策
[15] DA calls for ANC to divest from firm set to gain from fracking (2012/4/10)
[16] 財政投融資分科会(平成23年11月15日開催)資料一覧
資料1-2