2011/02/05

エジプト:Enough is enough (もうたくさんだ)

エジプトでは何十万人という民衆が集合してムバラク大統領の退陣を要求しています。日本人はエジプトの情勢には無関心ではありませんが、彼らに共鳴したり連帯感を持つ人は少数派でしょう。なぜならば、生きている「世界」が違うからです。

日本に住んでいると認識しませんが、他国と比べると日本は住みやすい国です。政府を批判しても秘密警察に連れて行かれることもない。公正な選挙も実施されている。住居には物があふれているし、職業を選り好みさえしなければ飢えることもない。公務員や政治家の汚職はあるが、日常的ではない。貧富の差が開いているが、絶望的というまでには程遠い。日本人ははデモ行進をしなければならないほどの不満を社会に対して抱いてはいないのです。

エジプトと日本は対極にあります。現在のエジプトの民衆は、「堪忍袋の緒が切れた」、英語でいうと「tipping point」(限界点)を越えて元に戻れない状態になっているのではないでしょうか。

報道では現在の騒乱を「インターネット革命」などと伝えていますが、今回のエントリーでは市民運動に注目してその背景を調べてみました。


【 ニュース 】

エジプト、ムバラク政権正念場 長期独裁の矛盾露呈 (日経新聞、2011/1/28)[1]

【カイロ=花房良祐】エジプトで抗議デモが続き、29年間政権の座にあるムバラク大統領が正念場を迎えている。経済政策への批判をきっかけに長期独裁政権の矛盾が一気に露呈した。親米穏健派のエジプトが揺らぎイスラム原理主義勢力が台頭すれば、中東の不安定要因となる。

抗議デモはインターネット上で草の根組織「4月6日運動」などが呼びかけた。28日はイスラム教の休日の金曜日。礼拝のため集まったモスク(イスラム礼拝所)から街頭デモに合流した。
カイロのモスク前では市民がエジプト国旗を掲げ、「ムバラクは去れ」などと要求。あるデモ参加者は「政権は国民から血を吸う吸血鬼だ。ムバラクが去るまでデモを続ける」と話した。市内では警察車両やタイヤが燃やされ、黒煙があちこちで上がっている。治安当局がデモ隊を徹底的に弾圧しており、混乱が広がっている。

国民の怒りの背景には貧富の格差の拡大や若者の高い失業率がある。エジプトは経済自由化路線を進め、ここ数年は5%前後と高い経済成長率を誇る。一方、人口8300万人のうち6割を占める若年層の雇用を吸収しきれず、30歳未満の失業率は約2割に上るとの推計もある。
 
エジプトは秋に大統領選が予定され、ムバラク大統領か次男ガマル氏の出馬が見込まれている。反体制派はムバラク政権の継続に反発し、民主化を求めている。

ただ反体制派は長く弾圧されてきたため中核となる指導者が不在だ。焦点はエルバラダイ国際原子力機関前事務局長。27日に帰国し、支持者とともにデモに駆けつけた。反体制派が同氏の下に結集すれば台風の目となる。

同氏は2005年にノーベル平和賞を受賞するなど国際的な知名度は高く、最近はエジプトの民主化について積極的に発言。ただ海外在住が長く国内での人気はいまひとつ。抗議デモの主導者となれるかは不透明だ。

イスラム原理主義組織の動向も注目される。憲法上、宗教政党は禁じられているため同胞団は非合法だが、国内で強固な支持基盤を持つ。同胞団はこれまで政府の弾圧を恐れてデモから一定の距離を保ってきたが、AFP通信によると28日のデモの支持を表明。強力な動員力を武器に政権に立ち向かえば影響力はある。

ムバラク政権の行方は中東の安全保障環境にも直結する。同国は4回の戦争を経て1979年にアラブ諸国で初めてイスラエルを国家承認。同国と安定した関係を築き、中東和平交渉の仲介などで存在感を示す。政権が転覆するとイスラム原理主義勢力が台頭する可能性があり、地域の勢力図が大きく変わる。原油の産出量は湾岸産油国と比べると少ないが、中東地域の不安定要因となれば原油相場にも影響を与えかねない。


【 解説 】

1.Facebook

インターネットにFacebookというサービスがあり、個人が自由に情報(コメント・画像・ビデオ)を発信できる。携帯電話からもアクセスできる。アフリカにおけるFacebookの加入者は下図のとおりであり、エジプトの普及度は日本の約2倍である。

図 (クリックで拡大)




2.市民運動

(1) 「4月6日若者運動」 「4月6日運動」

英語の名称は、「April 6 Youth Movement」「April 6 Movement」。

2008年4月6日、エジプト北部の繊維工業の都市 Mahalla El-Kubraにおいて、食料高騰と低賃金を訴えるデモに参加した約2千人が警官隊と衝突した事件があったが[2]、その際、若者がインターネットの交流サイト「Facebook」を立ち上げて治安当局の弾圧や若者の高失業率、労働者の低賃金などに抗議するデモを呼びかたのが発足のきっかけである。代表者(general coordinator)は建築技師のAhmad Maher氏(28才)。[3]

このグループが求めているのは、大統領の即時退陣、憲法改正、緊急国家安全保障法(Emergency Law)に終止符をうつことなど。元IAEA事務局長・ノーベル平和賞受賞者のエルバラダイ(ElBaradei)事務局長を支持している。運動の基本方針は非暴力的に変化をもたらすこと(non-violent change)[4]。政治団体などには属していなかった人々などがこのグループを支援している。

写真(クリックで拡大)


(2) 「We Are All Khaled Said」

2010年6月6日、小さな店の店主であるKhaled Said(28才)は、自分のブログにビデオを投稿した。それは、警官が押収した麻薬を分けているビデオだった。数時間後、私服警官がインターネットカフェにいたSaidを連れ出した。20分後、彼は殴打されて死体で発見された。前歯が折れて、アゴが切れている写真ががネットで広がった。[5]

匿名のエジプト人青年がFacebookに「We are all Khalid Saeed」「私たち全員がKhaled Saidなのだ」というページを立ち上げたところ数週間で22万2000人近くが参加。エジプト内外で抗議のデモが発生した。[6]

ソーシャルメディア(Facebook, Twitter, ブログなど)が、警察の残忍性と人権侵害を告発する手段として使われたと考えられる。


【 コメント 】

ネットが普及したことにより、一般民衆が得られる情報は量的にも質的にも変わった。
①政府にコントロールされたメディア以外の情報にアクセスできる。
②デモの参加を呼び掛ける情報にアクセスできる。
③殺害された若者の写真なども見ることができ、「明日は我が身」という恐れを感じる。

まさに、他国の独裁政権が恐れているのはこのことだろう。

このブログを書いている時点では、ムバラク大統領は退陣していない。デモに参加している反ムバラク派の民衆は、ムバラク大統領の退陣を要求しているが、彼らはムバラク退陣後のリーダーについて明確な考えをもっていないのではないか。エジプトでは政府が承認している政党が24もあるので[7]、合理的に国をまとめていく体制ができるまで、何年もかかると思われる。政治・経済・社会、全てにおいて混乱が続くのではなかろうか。

米国は、ポスト・ムバラク政権において ①反米政権を樹立させないことこと、②イスラム過激派を台頭させないよういにすること ---に関心があると思われる。私は、もし、エジプトが民主化に成功し、大衆の生活が向上し、失業率が下がれば、イスラム過激派が台頭することはないだろう、と期待している。ただし、混乱が続けば、その逆の結果になるだろう。国際社会の役割は、まずは民衆の生活を安定化させるようにすることである。そのためには、①エジプトの治安が良くなった段階で、観光に行き外貨を落とすこと、また、②企業が予定しているエジプトへの投資を中止しないことである。

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【 参考文献 】

[1] エジプト、ムバラク政権正念場 長期独裁の矛盾露呈 (日経新聞、2011/1/28)
[2] Clashes in Egypt strike stand-off (BBC, 2008/4/6)
[3] Ahmad Maher氏のインタビュービデオと英訳(2010/11/8)
Young Egyptians mount unusual challenge to Mubarak (Los Angeles Times, 2011/1/27)

[4]April 6 Youth Movementの基本方針
[5]The murder of Khaled Said
(死者の顔写真があります。クリックする場合は覚悟して下さい。)

[6]Long Tail World (2011/1/29投稿ブログ by Satomi Ichimura)
How a brutal beating and Facebook led to Egyptian protests (The Globe and Mail、2011/1/28)

[7]List of political parties in Egypt(24党)


●市民運動家のサイト
(1) 「We are all Khaled Said」
http://www.facebook.com/elshaheeed.co.uk
http://www.elshaheeed.co.uk/

(2) 「6th of April Youth Movement」「April 6 Youth movement」
http://www.facebook.com/shabab6april (アラビア語)
http://www.facebook.com/group.php?gid=38588398289#!/group.php?gid=38588398289&v=wall(英語)
http://twitter.com/shabab6april(アラビア語)
http://6april.org/english/ (英語)

(3) 「25th of January」 ビデオを集めているサイト


●ニュース・サイト
BBC Live Egypt unrest
BBC News Africa
CNN Africa
Al Jazeera

●ブログ等
中東の窓(野口雅昭:京都文教大学、元外交官)
中東TODAY(佐々木良昭:東京財団)
水口章:国際・社会の未来へのまなざし(敬愛大学)
中東・エネルギー・フォーラム(畑中美樹、高橋和夫、江添久義)
All about FIFI (テレビでお馴染みのフィフィ、エジプト出身、2月3日以降の記事)
当ブログ「滞在者リンク集:エジプト」

●インターネット関係
アフリカのインターネットの普及率  INTERNET USAGE STATISTICS FOR AFRICA
Facebook ユーザー数 Facebook Statistics by country
インターネットのスピード

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