2010/03/07

豊田通商のパイプライン建設計画(南部スーダン~ケニア)

フジテレビのドラマ『不毛地帯』[1]をご覧になっている方が多いと思います。(2010年3月11日(木)が最終回です。)近畿商事は、米国の独立系石油開発会社オリオン・オイル社と組んで、イラン・サルベスタン鉱区で60億円の費用を投じて4坑の試掘井を掘削したが失敗した---というフィクションです。

実際は、
①帝人(大屋晋三社長)と三井物産などが入札でイランのロレスタン鉱区を取得した。
②入札する時に、日本側は、石油化学プロジェクトを実施することを 鉱区入札の付帯条件とした。
③落札後、イラン側の要請により、日本側の権益の1/3をモービルに譲渡した。
④石油探鉱プロジェクトと石油化学プロジェクトができた。[2]

石油探鉱プロジェクトは、1971年から1979年にかけて9坑を掘削したのですが、撤退しました。一方、石油化学プロジェクトは、1973年4月、三井物産を主幹事とする日本側とイラン側の折半JVによりイラン・ジャパン石油化学(IJPC)が設立され、建設作業に着手したのですが、1979年1月のイラン革命、80年9月のイラン・イラク戦争による攻撃による工事中止、その後、日本の事業者とイラン側と資金負担などを巡る紛争が1990年まで長期化しました。

『不毛地帯』では、商社が中東で鉱区権益を取得するために、石油化学プラント建設を付帯条件としましたが、今回取り上げるのは、商社がアフリカで鉱区権益を取得するために、パイプライン建設を条件とした(と考えられる)---という話題です。

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【 ニュース 】

Financial Timesの記事[3] の要約

・2011年1月に、南部スーダンで住民投票(スーダンから独立を問う)が行われる予定である。
・スーダンの石油の大半は南部スーダン地域から生産されているが、北部スーダンを通って紅海に面した輸出施設に至るパイプラインを通じて輸出されている。
・独立した場合、南部スーダンとしては、北部スーダンに依存せず、ケニアを通じた新しい輸出ルートを確保したいと考えている。
・豊田通商は、南部スーダンからケニアの海岸までパイプラインを敷設計画を検討している。全長 1400キロ、総額15億ドル。中国も同様の計画を検討している。
・執行役員の服部孝氏は、「恐らく中国企業との協力は選択肢の1つになるだろう。我々はケニア政府およびスーダン政府との間で、あらゆる計画を検討していきたい」「国際協力銀行(JBIC)から資金を確保することが『重要な成功の要因』になるだろう。」と発言した。

豊田通商は、その報道を受けて「お知らせ」を発表した。「現在、様々な分野の事業を構想しており今後具体的な検討を始めていきますが、一部報道のあった石油パイプライン敷設もその中のひとつであり、現在決定している事項はございません。」[4]


【 解説 】

1.石油上流ビジネスとは?

・世界を見回すと探鉱プロジェクトに取り組んでいるのは石油会社だが、日本では「商社」も参加している。
・リスクが高い鉱区の権益を取得するのは比較的容易だが、既に油田が発見されている鉱区、あるいは生産が始まっている鉱区の権益を取得するには、リスク軽減された分のプレミアムを支払うことになる。
・鉱区を取得する際は、価格だけでなく、いろいろな条件がつく場合がある。
・石油ビジネスには政治的・地政学的問題が絡んでいる場合が多い。


2.商社の石油・ガス上流ビジネス

7大商社(三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、住友商事、丸紅、豊田通商、双日)はあらゆるビジネスに関係しているが、石油ガス上流・LNG事業も例外ではない[5]。三菱商事、三井物産、伊藤忠商事は多数のプロジェクトに関与しているが、特に豊田通商の遅れが目立つ。

同社の石油ガス上流部門でのプロジェクトは、世界中で 2つしかなく、アフリカでは皆無である。
①豪州のガス探鉱鉱区(WA-294-P鉱区)の権益7.5%取得(2008年3月)[6]
②豪州Queensland Curtis LNGプロジェクト向け炭層メタン(CBM)鉱区(ATP651P鉱区)の権益15%取得(2009年12月)[7]

その他、鉱区権益取得ではないが、エネルギー関連部門への投資は、DME、バイオディーゼル、掘削請負事業、ジェトロファなどがある。[8]


3.南部スーダンの位置づけ

北部のアラブ系(イスラム教徒)と、南部の黒人(先祖伝来のアニミズムを信仰する人々、あるいはキリスト教徒)とが対立していた。
1955年~1972年:第一次スーダン内戦
1983年~2005年:第二次スーダン内戦
2005年1月、南北包括和平合意(CPA: Comprehensive Peace Agreement) に調印し、6年後の2011年1月に、南部の分離独立を問う住民投票が実施することが決められた。

2010年1月20日、CPAの記念日において、スーダンのオマル・バシル(Omar al-Beshir)大統領は次のように発言している。[9]
・統一の方が望ましいとの立場だが、住民投票で分離独立の結果が出た場合はそれを配慮し、支持する。北部と南部は良い隣人になるだろう。
・南部が独立した場合でも、南部スーダンの収入の98%を占める石油は、精製と輸出のために北部へ供給する。

スーダンの確認埋蔵量(proven reserves) 63億バーレルだが、その75%は南部スーダンにあり、北部地域を通るパイプラインを経由して輸出される。南部スーダンの国家収入(援助を除く)の98%は石油収入であり、北部のそれは60~70%である。[10]


【 コメント 】

1.スーダンへの投資について

(1)南部政府が独立できるケース

南部本件は、南部スーダンが来年2011年1月の住民投票で、独立できることが大前提である。そして、独立できた場合、原油の輸出方法については南部スーダン政府が独自に判断できる事柄である。それを建設すれば、南部スーダンからは、大いに感謝されるであろう。

しかし、北部スーダン政府としては、既にあるパイプラインをつかってもらうことにより利用料を稼ぎたいと考えている。これは、オマル・バシル大統領が、「南部が独立した場合でも、南部スーダンの収入の98%を占める石油は、精製と輸出のために北部へ供給する。」(上記)と発言したことでも明らかである。南部スーダンからケニアに原油パイプラインを建設すると、北部スーダンはその利用料を得られないことになる。このパイプラインは南北部スーダンにとって火種になるし、最悪の場合、妨害工作により南部スーダンの独立が妨げられることも想定される。

(2)南部政府が独立できないケース

もし南部スーダンが独立しないにも関わらず、ケニアを経由したパイプラインを新設するのであれば、それは、「南部スーダン」のためのパイプラインではなく、「スーダン」のためのパイプラインということになる。その場合、スーダン政府はダルフール問題(30万人が虐殺されたと言われている)を抱えているので、国際的に避難される可能性がある。その矛先は豊田通商ではなく、親会社であるトヨタ自動車に向けられるだろう。過去、イランのアザデガン油田開発について、米国は日本に開発に参加しないように圧力をかけたところ、そのプロジェクトのコンソーシアムの一員であったトーメン(豊田通商に合併される)の親会社であったトヨタは米国での不買運動を恐れて、そのプロジェクトからトーメンを撤退させたと伝えられている。[11]

いずれのケースにおいても、政治的な問題が発生すると考えられる。このように、パイプラインの建設は、時には極めて政治的なことなのである。


2.出遅れの回復

上記のように、豊田通商は、石油ガス上流部門においては、同業他社と比べると相当出遅れている。

憶測であるが、同社は、パイプラインの建設という相当のプレミアムを支払うことで、既に生産している鉱区、あるいは石油が見つかっている鉱区の権益を取得しようとしているのではないだろうか。パイプラインを建設するように条件をつけられたのか、あるいは、能動的に、「パイプラインを建設するからファームインさせてくれ」と言うつもりなのかもしれない。

石油ビジネスのバリューチェーンで儲かるのは、石油を見つけ、開発し、販売するところである。High Risk, High Returnである。それに比べて、パイプラインビジネスは、一定の量(バーレルとかトン)に対し、一定の金額($)が支払われるだけであり、ある程度のROI (return on investment、投資利益率)はあるが、大きな利益は出ない。豊田通商はこのような事情は百も承知の上であろう。


3.ウガンダへ枝分かれパイプライン

上述の政治的問題が発生しないという前提での話しであるが・・・・

隣国のウガンダでは、石油が発見されており、数年以内に生産される予定である。中国のCNOOCが参加することが決まっている[12]。ウガンダ国内に製油所を建設し石油を供給するが、残りは輸出する予定である。当然、パイプラインが建設されることになるが、それを南部スーダンからケニア向けのパイプラインに繋ぎ、ウガンダの原油も輸送できるようにすれば、一石二鳥になる。南部スーダンの鉱区だけでなく、ウガンダの鉱区権益も取得できるかもしれない。

中国の石油会社CNOOCはまずウガンダからケニアへのパイプラインを建設しておき、スーダンの政治状況を見極めてから、南部スーダンからのパイプラインを繋ぎこむようにすることを計画しているはずである。豊田通商とは逆のアプローチである。あるいはもっとしたたかに、中国は日本の会社とJVを組むことにより、国際的批判を和らげることを考えているのかもしれない。

(3月9日に加筆修正しました。)


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【 参考文献 】

[1] 不毛地帯の番組案内
http://www.fujitv.co.jp/fumouchitai/index.html
[2]化学業界の話題
http://knak.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-4bf8.html
[3] FT記事 「Japan group eyes pipeline plan」(Financial Times、2010/3/4)
http://www.ft.com/cms/s/0/a583d4ea-272d-11df-b84e-00144feabdc0.html
FT記事邦訳 「スーダンでパイプライン計画を狙う日本企業:15億ドルの大型プロジェクトに名乗り」(JB Press、2010/3/5)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2923
現地新聞 「Toyota proposes Kenya-Juba oil pipeline bypassing Port Sudan」(Sudan Tribune、2010/3/4)
http://www.sudantribune.com/spip.php?article34317
[4] 「一部報道(スーダン~ケニア石油パイプライン敷設計画)について」(豊田通商発表、2010/3/5)
http://www.toyota-tsusho.com/sudan_kenya_.cfm

[5] 商社のエネルギー事業
三菱商事:http://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/bg/energy/
三菱石油開発:http://www.mcexploration.com/business/index.html
三井物産:(LNG以外)http://www.mitsui.co.jp/business/intro/energy/index.html
(LNG) http://www.mitsui.co.jp/business/intro/energy02/index.html
三井石油開発:http://www.moeco.co.jp/
伊藤忠商事:http://www.itochu.co.jp/ja/business/metal/field/03/
伊藤忠石油開発:http://www.itochuoil.co.jp/j/
住友商事:http://www.sumitomocorp.co.jp/business/unit/resource_chemical/index.html
丸紅:http://www.marubeni.co.jp/division/energy.html
双日:http://www.sojitz.com/jp/divisions/energy/business.html

[6] ガス探鉱事業へ進出―豪州で鉱区権益取得 (会社発表、2008/3/6)
http://www.toyota-tsusho.com/press/20080306_1.cfm
[7] 豪州Queensland Curtis LNGプロジェクト向け炭層メタン(CBM)供給事業に参画 (会社発表、2009/12/18)
http://www.toyota-tsusho.com/press/20091218_1.cfm

[8]他のエネルギー部門への投資
・2002/2/5:DME技術開発会社を共同で設立
http://www.toyota-tsusho.com/press/20020205_1pasttoyotsu.cfm
・2008/1/21:バイオディーゼル燃料製造の新たなプロセスを開発
http://www.toyota-tsusho.com/press/20080121_1.cfm
・2008/9/29:エジプトで海洋ガス田掘削請負事業開始
http://www.toyota-tsusho.com/press/20080929_1.cfm
・2009/6/10:バイオ油原料植物研究販売企業への出資~ジャトロファ種苗を使ったバイオディーゼル(BDF)事業への取り組み~
http://www.toyota-tsusho.com/press/20090610_1.cfm

[9]スーダン大統領、「南部スーダンの独立を承認する用意がある」(AFPBBニュース、2010/1/20)
http://www.afpbb.com/article/politics/2684878/5201587
[10]「Oil revenue in Sudan slashed by 60% in 2009: GoSS」(Sudan Tribune、2010/3/2)
http://www.sudantribune.com/spip.php?article34298
[11] 化学業界の話題
http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/2006-10-1.htm#Azadegan
[12]「Cnooc, Total Put Final Uganda Oil Proposals To Govt - Sources」(Wall Street Journal、2010/3/5)
http://online.wsj.com/article/BT-CO-20100305-704222.html?mod=WSJ_World_MIDDLEHeadlinesEurope


その他 参考文献

Fuelling Mistrust: A Report by Global Witness (September 2009)
http://www.globalwitness.org/media_library_get.php/1027/en/v12_final_sudan_fuelling_mistrust_lowres.pdf

「アフリカにおける資源開発に向けた戦略的取り組みへの指針」by 前田匡史
(日本貿易会月報、2008/4)
http://www.jftc.or.jp/shoshaeye/contribute/contrib2008_04f.pdf

1 件のコメント:

  1. 続編を書きました。
    2012/09/30付 アフリカ投資を加速する豊田通商
    http://let-us-know-africa.blogspot.jp/2012/09/blog-post_30.html

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