今回のブログ記事では、最初に南スーダンで産出する石油を輸出するための新規のパイプラインに関するニュースを取り上げ、以下の3点を説明し、最後に若干のコメントを付け加えることとしたい。
(1) Kenya Vision 2030 と LAPSSET
(2) ケニアと南スーダンを結ぶ石油パイプライン構想
(3) アフリカに本格的に投資する豊田通商
【 ニュース 】
日本の豊田通商、パイプライン建設に向けた調査を実施 (2012年6月17日)
南スーダンは、同国で産出する石油を国際市場へ、販売するルートを確立するため、ケニアに接続できる、新たな石油パイプラインの建設をもうすぐ開始する予定だ。
ケニア、新たな石油パイプラインの経由地へ
南スーダンは、北側の隣国、スーダンを経由して、紅海港へ続く、石油パイプラインを使用してきたが、スーダン側とそのパイプラインの使用料をめぐって対立、今年1月に石油の生産を停止させた。
南スーダンは、東アフリカを経由して、インド洋へと続く、新たな石油パイプラインの建設を計画、ケニアが、新たな石油パイプラインの経由地となることを承諾した。
日本の豊田通商は、パイプライン建設に向けた調査を実施、南スーダン政府と契約を交わす準備が整ったという。
スーダンの新聞社、Sudan Tribuneによると、南スーダンのRiek Machar副大統領の報道官、James Gatdet Dak氏は、豊田通商は、プロジェクト資金を担う準備が整い、政府による返済方法に関する契約について、石油鉱山省とともに案出するという。 [2]
【 解説 】
1.Kenya Vision 2030 と LAPSSET
ビジョン2030とは、ケニア政府が2006年に発表した2030年を見据えた長期戦略である。「Kenya Vision 2030」というホームページで、ケニアをどのような国にしたいか、という国民の『夢』を列挙している。[3]
・権利と自由が保障され、民主主義が機能する国
・食料に困らず、働く場所がある国
・道路が整備されており、商売に支障がない国
・多くの観光客が訪れて、観光の仕事がある国
・経済を発展させて、より多くのケニア人が働ける国
・訓練された教師が子供達を教育し、潜在能力を引き出してくれる国
・全ての国民が設備の整った病院で、資格のある医者から診療を受けられる国
・他国から技術的助言を求められる国
それらの夢を実現するため、100のプロジェクトを実行することで、経済・社会・政治を変革していこうとしている。(表1参照)
(1)経済:2030年まで毎年10%のGDP年平均成長率を達成することで、全国民を豊かにする。(19プロジェクト実施)
(2)社会:人材に投資するという形で、個人・社会に生活の質を向上させる。(55プロジェクト実施)
(3)政治:1つの国として団結するために、民主主義を確立して、政府が国民に対し責任を取るシステムをつくる。(6プロジェクト実施)
(4)Vision 2030の基礎:国際クラスのインフラ設備とサービス普及するため、20の大プロジェクト実施する。特に費用がかかるのがインフラ整備に係る分野であり、発電、港湾、空港、道路、鉄道、パイプライン、製油所のプロジェクトがある。ケニアは、隣国の南スーダン、エチオピア、ウガンダと協力してインフラを整備しようとしている。それがLAPSSET (Lamu Port and New Transport Corridor Development to Southern Sudan and Ethiopia: ラム港開発、及び ラム港から南部スーダン・エチオピアへの新回廊開発)である。(表1、図1&2参照)
表1:Kenya Vision 2030 と LAPSSET
図1:LAPSSETのルート
図2:鉄道と道路の概念図
2.ケニアと南スーダンを結ぶ石油パイプライン構想
LAPSSETの7つのプロジェクトの1つが、ケニアと南スーダンを結ぶ石油パイプライン構想である。現在、南スーダンは石油輸出をスーダンの石油パイプラインに依存しており、その通油料についてなかなか合意できないでいる。しかし、ケニアを通すことができるようになると、スーダンとの交渉が有利になるし、安全保障でも有利になる。
ケニアにとってのメリットは、南スーダンから通油料をとれる。また、2012年3月にケニア北部で原油が発見されたが[4]、数年後に生産された場合に、新パイプラインを使うことができる。(図3参照)
図3:ケニア北部Ngamia油田
3.アフリカに本格的に投資する豊田通商
(1)石油パイプライン
石油パイプラインの関係者(ケニア政府、南スーダン政府、豊田通商)に係る報道を列挙することで、経緯とその概要をみてみよう。
2010年3月、豊田通商はケニアのパイプライン建設について発表した。[5]
2012年1月、南スーダンとケニアが南スーダンからケニア北部ラム港まで原油パイプラインを敷設することに合意した。業界のアナリストによると、パイプライン建設には少なくとも3年間かかり、費用は最高で40億ドル(3,120億円)。[6]
2012年3月、南スーダンとエチオピアが石油パイプラインに係る覚書(MOU)に調印した。[7]
2012年4月、豊田通商はパイプラインのコスト調査を計画している。[8]
2012年6月、豊田通商は南スーダン石油省に対し、F/Sの結果を提出した。[9]
2012年8月、南スーダンの財務大臣は、「ケニアまでの 2,000Kmのパイプライン建設費用には 3,000百万ドルかかる。南スーダンは現在のところ建設費用を負担できないが、パイプラインの権益は持つ」と述べた。[10]
2012年8月、豊田通商はケニアと包括的な覚書を締結した。内容は、Kenya Vision 2030の実現に向け、自動車分野、電力・エネルギー分野、石油・鉱物資源分野、環境保全分野、農業産業化分野において、両者が協力して包括的に取り組むというもの。今後、各事業分野でプロジェクトチームを組成する。[11]
2012年8月、豊田通商はケニアに対し30億ドル(2,340億円)を投資するとの意思表示した。[12] 注:50億ドル(3,900億円)という報道がある。[13]
2012年8月、F/Sの結果、パイプラインの長さは2,000 kmで、資本支出額は30億ドル(2,340億円)。豊田通商と南スーダン政府は、EPC(設計・調達・建設)についての契約について議論している。[14]
(2)自動車関連事業
豊田通商はアフリカを「成長著しいアフリカを重点地域の一つと位置付け」おり[15]、アフリカでの基盤を強化するために、フランス系の商社であるCFAO社を傘下に収めるため、公開買付を実施中である。完全子会社化できた場合、買収金額は約2,270億円(2,307百万ユーロ)である。[16]
CFAO社は、西アフリカを中心に 自動車(2011年の売上げの60%)、医薬品(同28%)、消費財(同12%)を手掛けている。[17] 同社の連結売上高は推移は2,970億円(3,124百万ユーロ)である。(図4「連結売上高推移」参照)。また、2011年12月期の連結総資産は 2,315百万ユーロであり[18]、買収金額とほぼ同額である。
2012年9月、豊田通商は、アフリカでの売上高を2017年度までに12年度見通しの2倍にあたる1兆円に増やす計画を発表した。[19]
図4:CFAO社の連結売上高推移
【 コメント 】
1.援助よりも民間投資
上述したケニア国民の『夢』は、基本的なものであり、要求度は高くないので、実現は可能だ。先進国がケニアをどのように支援するかが問題になるが、ケニアは最貧国の段階を卒業しておりビジネスができる段階になっていると思われるので、ODAで援助する割合を小さくして民間企業の投資の割合を増やすべきである。実際、ケニアのオンゲリ外務大臣が来日した際、「LAPSSET回廊の開発は日本とケニアの政府間だけではなく民間の相互協力の非常に大きな機会となる」と述べている。[20]
日本政府の役割は2つあると思う。1つは、民間企業の投資を促進するような環境を作ること。2つ目は、開発に係るマイナス要因を克服するための援助をすることである。ケニアの田舎が開発されることで、雇用の機会ができて、ケニアや近隣諸国の経済に貢献することができる。しかし、ケニアの人々の生活水準は底上げされるとしても、貧富の差が大きくなるだろうし、環境にも悪影響があるだろう。また、隣国のソマリアが無政府状態にあることがリスク要因である。それらのマイナス要因を克服する施策を一緒に考えることが大切だ。
ちなみに、最近(2012年9月) 南アフリカのRand Merchant Bankが発表した「Where to Invest in Africa(2012年版)」によれば、アフリカ諸国の投資先として、ケニアは第9番目にランキングされている。[21]
図5:投資先ランキング
2.パイプラインの意義
このパイプラインを使って石油を輸出できるのは、当面は、石油を生産している中国、マレーシア、インドの企業である。日本企業がパイプラインの建設に投資したとしても、南スーダンの生産中の鉱区にファームイン(権益の一部を買う)することは簡単ではないだろう。しかし、パイプラインの近辺(エチオピア南部を含む)における石油探鉱事業が進むと予想されるので[22]、それに参加することはできるだろう。
3.豊田通商
豊田通商は社運をかけていると思えるほどの金額を投資しようとしている。吉と出るか凶と出るか判らないが、勇気ある「最初のペンギン」に対し、エールを送るとともに、幸運を祈りたい。
【 参考文献 】
[1]「アフリカのニュースと解説」の「日本企業 in アフリカ」
[2]新石油パイプラインの建設計画 (アフリカビジネスニュース、2012/6/17)
[3] Kenya Vision 2030のホームページ
[4] Tullow Oilのプレス発表
2012/3/26付 Ngamia-1 oil discovery in Kenya Rift Basin
2012/5/7付 Ngamia-1 well in Kenya Rift Basin discovers further oil
[5]豊田通商のパイプライン建設計画(南部スーダン~ケニア)
Business Daily(2010/3/29)
[6] South Sudan in Kenyan oil pipeline deal (2012/1/25)
[7]South Sudan, Ethiopia Sign MoU (2012/3/4)
[8]豊田通商:南スーダン・ケニアのパイプラインでコスト調査へ(2012/4/13)
[9] SOUTH SUDAN PIPELINE STARTS AFTER INTERGOVERNMENTAL DEAL(2012/6/22)
[10] South Sudan says oil pipeline via Kenya to cost $3 billion (2012/8/10)
[11] 豊田通商プレス発表 (2012/8/15)
Vision 2030 Delivery Board (VDB)プレス発表 (2012/8/15)
[12] Toyota bids for Juba-Lamu Oil Pipeline (2012/8/20)
[13] Motor firm bids $5Bn to build the Juba-Lamu pipeline (2012/8/17)
[14] Toyota Tsusho to work on the $3 billion Kenya pipeline(2012/08/23)
[15] 平成25年3月期 第1四半期決算短信〔日本基準〕(連結)平成24年7月31日
[16] 買収金額の試算は、「アフリカのニュースと解説」の「日本企業inアフリカ」(2012/8/28)というタブページを参照。
[17] Annual Shareholders' Meeting (2012/5/25)プレゼン資料
[18] 平成25年3月期 第1四半期決算短信〔日本基準〕(連結)平成24年7月31日
[19] 豊田通商、アフリカ事業を5年で1兆円に (2012/9/14)
[20] ケニア共和国外務大臣の日本公式訪問(2012/6/15)
[21] Where to Invest in Africa(2012 Edition)
http://www.politicsabroad.com/news/trade-and-investment/rmb-latest-report-on-where-to-invest-in-africa/
投資先として魅力的な国はどこ?(2012/9/22)
[22] 大化けする東アフリカの天然ガス事業 (2011/11/8) の図1参照
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