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2012/01/27

コンゴ回想録

TBSテレビ日曜劇場『南極大陸』をご覧になったでしょうか? 1956年秋から1957年春に派遣された第1次南極観測隊は、敗戦国日本の復興を掛けた一大プロジェクトでした。

それからわずか4年後の1960年、日本は国連の援助要請に応えて、コンゴ共和国(現コンゴ民主共和国)に医療班を派遣しています。外務省のホームページに次のように記載されております。

コンゴー(レオポルドヴィル)共和国動乱による医療サーヴィスの窮状を打開するため、国連事務総長の要請でWHO(世界保健機関)を経て赤十字国際委員会が同国の援助に乗り出すことになり、昨年七月末、日赤に対しても医療班のコンゴー派遣方要請があった。日赤は経費につき政府の援助を得て、日赤中央病院内科宮本貴文医学博士、同外科荒木洋二博士および外事部員渡辺晃一(通訳)の三氏をコンゴーに派遣した。同医療班はコンゴー到着後赤十字国際委員会によりレオポルドヴィル州北東部イノンゴ地方に派遣され、八月から三カ月間にわたり同地方住民の治療に当った後、十二月始め無事任務を終了、帰国した。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/1961/s36-contents.htm
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/1961/s36-2-2-8.htm#8


派遣された宮本貴文医師の回想録を入手しました。当時のコンゴの事情などが詳細に書かれており、歴史的価値がある内容だと考えますので、ご子息の宮本幸夫 慈恵医大教授 のお許しを得て、ここに紹介します。なお、これは1979年~1980年の『水戸医師会報』に掲載されたものです。

本文は 「アフリカのニュースと解説」のタブページ(コンゴ回想録)でお読み下さい。(↓をクリック)
http://let-us-know-africa.blogspot.com/p/congo.html

2010/04/15

象の保護 ~ 象牙を有効利用するための提案 ~

ケニアでサファリをしたことがあります。刻々と変化する温度と乾ききった空気を感じ、風の音を聞きながら草原に生息する野生の動物達を見るのは、とても贅沢な経験でした。

テレビの映像では、そこら中に動物がいるように見えますが、実際は違います。特にBIG 5(ライオン、象、水牛、豹、サイ)を探すには、数時間かかることがあります。初めて象の群を見つけた時は感動ものでした。その大きさに圧倒され、群れのなかで子象が守られている姿を見ると、ほのぼのとした気持ちになりました。

写真:著者撮影




しかし、密猟者は象牙をとるために多くの象を殺しています。絶滅のおそれのある野生動植物を保護するための国際会議(ワシントン条約締約国際会議)が、2010年3月13~25日、カタールで開催されました。日本の新聞は「黒マグロ」について多くの紙面を割きましたが、「象」も議題になりましたので、このブログで取り上げます。

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【 ニュース 】

象牙在庫の輸出解禁案否決 ワシントン条約締約国会議 [1]

(CNN)ドーハで開催中のワシントン条約締約国会議は22日、タンザニアとザンビアが提出していた象牙の合法的在庫の輸出解禁案を否決した。ゾウの保護を求めている活動家らはこれを歓迎している。

会議は1989年、ゾウの生息数が密漁で劇的に減少した実態を受け、象牙の輸出入を禁止した。97年と2002年にボツワナとナミビア、南アフリカ、ジンバブエは、アフリカ南部の生息数が健全であるとの事実を踏まえ、日本への在庫輸出が限定的に解禁された。5年後には今後の在庫輸出について、9年間の猶予期間が設けられた。

タンザニアは90トン、ザンビアは21トンの象牙在庫を保有。両国は自国のゾウ生息数が増加に転じたとして、在庫輸出による収益金をゾウの保護計画に充てる案を会議に提出した。

しかしゾウが生息するアフリカ23カ国の1つであるケニアの専門家らは、前回の輸出解禁後にゾウの密猟が増加したとして、全面禁輸を主張。密猟されたゾウから採取した象牙は合法的な在庫分に偽装できるため、象牙の違法取引が利益を生むビジネスになっていると指摘した。



【 解説 】

1.これまでの経緯は末尾参照。

2.象の密猟の例

(1)ケニアの例 [2]
1963年: 167,000頭
1989年:  16,000頭← 年間約6,000頭が殺され、25年で10%になった。
1996年:  26,000頭
2009年:  32,000頭← 20年でやっと2倍になった。

(2)コンゴ民主共和国のヴィルンガ国立公園の例 [3]

1960年代: 2,889頭
2006年: 400頭
2008年: 200頭


【 コメント 】

1.現状分析

現状では、次のような方策で密猟をなくす努力をしている。
①需要:象牙を買わないようにする、あるいは象牙の利用をタブーとするようなキャンペーンをはっている。[4]
②供給:たとえ密猟しても、輸出できないようしている。


図



2。現状の問題
象牙の価格を上昇させてしまい、それが密猟を誘因していると考えられる。

①需要は減らない。
・中国の経済発展により、高価な象牙細工を購入できる購買層が増えている。
・象牙加工業者は次のように宣伝する。「象牙は古来より魔除けや繁栄の象徴として呼ばれ、象牙の品を持つことは健康長寿、財政到来、夫婦和合、家内繁栄の最高の吉運につながるものをされています。縁起のよさ、材質に必要な全ての条件を持っており、印材の中の大吉相印材となっています。」[5]

東洋にはこのような考えを持っている人が少なからず存在するので、西洋の環境運動家が「象牙を保有するな」という考えを広めようとしても、それは現実的ではないと思う。

②供給を減らすので、価格が上昇する。その結果、密猟が「魅力的なビジネス」になる。


3。代替案

密猟を「魅力のないビジネス」にしてしまうことである。要するに、①密猟をして捕まった時のリスクを大きくして(すなわち罰則を強化する)、また、②象牙の価格を下落させて、リターンを小さくすることである。そうすれば、密猟は「high risk, low return」になる。

①密猟のリスクを高める方法
・捕まえるために、レンジャーを増員する。
・罰則を強化する。
・費用については後述。

②密猟のリターンを低める方法
・象牙を市場に供給して、価格を下げる。具体的には、自然死した象の象牙を、政府の管理下におく。(象の平均寿命は60年として、たとえばケニアでは年間200~300頭が自然死すると推測する。)
・国内で象牙クラフト産業を育て、国内で象牙製品を制作して、観光客に販売する。(必要であれば、非加工象牙を輸出できるようにする。日本の税関に申告すれば、象牙製品を持ち込みできるように法改正する必要がある。)
・収入は密猟規制に使う。


4。まとめ
・象はサファリに欠かせない「資源」なので密猟防止を強化する。
・自然死した象の象牙を、有効利用(雇用創出、外貨獲得)する。その収入は密猟防止のために使う。


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【 参考文献 】

(引用文献)
[1] http://www.cnn.co.jp/science/CNN201003230006.html
[2]
http://www.kws.org/research/projects/elephant_programme.html
http://www.meshanet.org/bigfive.html
[3]
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=73614975&expand
[4]
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=73614975&expand
http://www.cop10.com/species-forest/000034.html  ← ビデオ日本語字幕付き




[5] http://inkan.hankodo.com/Archive/Details_Material_01
[6] http://www.jtef.jp/view_citescop15.html



(参考資料)

ワシントン条約事務局
http://www.cites.org

ワシントン条約の説明:
NHK http://www.nhk.or.jp/bsdebate/0411/data3.html
外務省 http://www.mofa.go.jp/mofaj/Gaiko/kankyo/jyoyaku/wasntn.html
経済産業省 http://www.meti.go.jp/policy/external_economy/trade_control/boekikanri/cites/index.html

野生生物の取引をモニタリングする世界最大のNGO
http://www.traffic.org/
http://www.trafficj.org/ (日本)

African Elephant Status Report 2007
http://www.african-elephant.org/aed/pdfs/aesr2007-20.pdf

象牙その他のゾウ標本の違法取引の監視に関する概要 -ゾウ取引情報システム(ETIS)-
http://www.trafficj.org/publication/Cop14Doc.53.2_ETISj.pdf

密輸象牙の行く先は日本 - 日本における象牙の国内取引管理に対する提言(要約) - by 坂元雅行
http://www.jwcs.org/data/ivory_1-1.pdf


(経緯)

1970~80年代:個体数急減
20世紀初頭、1000万頭がいたといわれるアフリカゾウ。象牙を目的とした狩猟により、48万頭あまりにまで激減した。

1989年:第7回ワシントン条約締約国会議において、象牙の国際取引は実質的に禁止。全てのゾウの個体群はワシントン条約の附属書Ⅰに掲載され、ゾウ製品の商業目的による国際取引は世界的に禁止された。

1997年:第10回ワシントン条約締約国会議において、南部アフリカ3カ国(ボツワナ、ナミビア、ジンバブエ)の個体群が附属書IからIIに戻された。3ヶ国では象が増加傾向にある。2年後(1999年)に日本に一度だけ売ることが許可された。

1997年:ETIS(ゾウ取引情報システム:Elephant Trade Information System)設立。目的は、ゾウ製品の違法な取引を追跡するための、広範囲に及ぶ国際的なモニタリングシステム。ETIS は、象牙取引の条件付き再開が、ゾウの個体群に悪影響を与えるかどうかをモニターするために設けられたものである。

ETIS レポートは、押収される象牙の量は、1989 年から1994 年にかけてはめざましく減少し、その後1998年までは横這いであったにもかかわらず、それ以降はずっと増加しつつあることを示している。また、その主要な原因は、1998 年以降、中国における象牙需要が急激に高まっているためと分析している。

1999年:3カ国の在庫象牙約50トンが、日本に向けて試験的に輸出された。

2000年:第11回ワシントン条約締約国会議において、南アのアフリカゾウ附属書 II への移行提案採択された。

2002年:第12回ワシントン条約締約国会議において、ボツワナ、ナミビア、南アのアフリカゾウの象牙の在庫の1回限りの輸出の条件付承認。ジンバブエとザンビアによる輸出は認められなかった。

2004年以降:象牙の不法取引は、急激に増加している。

2007年:南アフリカなど4カ国が、9年間、新たに象牙取引再開を提案しないという条件で一回限りの輸出が認められた。

2008年:ワシントン条約の常任委員会は先月(2008/7)、中国に対する一時的な象牙の売買を認めた。南アフリカの4カ国(ボツワナ、ナミビア、南アフリカ共和国、ジンバブエ)の政府が貯蔵する108トンの象牙の競売への参加を許可した。なお、この競売には日本も参加を認められている。

2009年11月:タンザニアとザンビアは、ワシントン条約附属書ⅠおよびⅡの修正を求める提案を行った。

2010年:第15回ワシントン条約締約国会議 [6]
1.タンザニアとザンビアによる提案
タンザニアとザンビアは自然死した象の象牙を保有しており、1回限りで中国と日本に輸出し、代金を象の保護に充てる案を提出した。しかし、「密猟が助長される」と懸念され、否決された。

2.ケニアガーナなど8カ国などによる提案
象牙取引は、現在9年間禁止されているが、それを20年間凍結すよう提案した。しかし、「前回議論を尽くして9年と決めたばかりだ」などと反対が大勢を占め、自ら提案を取り下げた。

2010/03/25

Road to Rwanda (フツ族難民がルワンダに帰国する)

BBCは、2010年3月22日に「Road to Rwanda」という音声番組を放送しました。1994年のルワンダ虐殺事件の後に隣のコンゴ民主共和国に家族と共に逃れた当時16歳の女の子が15年後に祖国ルワンダに帰国した際に、ジャーナリストが同行して約20分の番組にまとめたものです。15年以上の難民生活と、被害者の少数派ツチ(tutsi)族と加害者の多数派フツ(hutu)族がどのような考えで同じ村に住んでいるのかが判る番組ですので、BBCにアクセスしてみて下さい。
http://www.bbc.co.uk/worldservice/documentaries/2010/03/100315_road_to_rwanda.shtml

なお、ルワンダ大虐殺とは、1994年4~7月にかけて、フツ族(hutu:多数派)が、ツチ族であるという理由だけでツチ族(tutsi:少数派)約80万人~100万人を殺害した事件であるが、事件の後、ツチ族の仕返しを恐れて、多数のフツ族が周辺国に逃れていました。


今回のエントリーでは、①その番組の概要と、②ルワンダの最近の出来事(虐殺事件に関連すること)を紹介します。

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【 ニュース 】

その女性の名前は、Vestine。ルワンダのフツ族で、1994年のルワンダ大虐殺の後に、一家でコンゴに逃れてきた。当時彼女は16才だった。父親が亡くなり、母親も1997年に行方不明になってしまった。コンゴ人の男性が彼女を養女として引き取った。その人の子供を身ごもり、結婚し、5人の子供を産んだ。

難民の多くは森の中に隠れるように住んでいる。食料事情が厳しい時には、カタツムリを食べることもあったし、服をはぎ取られ、鍋などが盗まれることもあった。もっとひどいめにあう場合もある。

Vestineは、難民達に「ルワンダに帰ると殺されるぞ」と、脅かされていた。帰るきっかけとなったのは、ルワンダに帰国していた姉(妹)が会いに来て、ルワンダに帰国しても殺されることはない、と連絡を受けたから。また、自然分娩で子供を生めないので、金がかかるという理由で離縁されたからである。

彼女は子供を連れて帰国することにしたが、子供全員を連れて帰ると、離縁された夫に何をされるか分からなかったので、身を守るために1人はコンゴに残した。

Vestineと子供達は、彼女が16年前まで住んでいた故郷に向かう。昔住んでいた家に住めるかどうか、父親が耕していた畑を所有できるかどうかが気になる。

コンゴを出発して数日後、故郷の村に着いたが、その家には老女が住んでいた。村長によると、畑は1年契約で貸与されており、村長が世話をして、公平な形でその畑がVestineに返還されるように取りはからってくれるとのこと。

インタビューしているジャーナリストは、シエラレオネ出身のSorious Samura氏だが、話はここで終わらない。ツチ族とフツ族が一緒に1つの共同体に一緒に住んでいることを不思議に思い、村長、ツチ族住民、フツ族住民に質問している。

村長によると、虐殺が起こる前、村には2,000人が住んでおり、ツチ族のうち205人が殺され45人が生存したが、今では平和的に共存しているとのこと。

加害者のフツ族の一人は、インタビューに「『殺せ』と言われたので殺してしまった」と告白した。殺人者は村の集会(裁判)で許しを乞うことで、減刑された。「村の一員として住んでいる。近所に病人がでれば病院に連れていくし、ツチ族とフツ族の結婚もある。」と話す。

被害者のツチ族もインタビューされている。彼女は当時10才だったが、12人家族のうち、生き残ったのは彼女の他一人だけだった。「毎年4月になると、事件のショックから精神的に不安的になり、入院する」と話す。「本当に殺人者を許したのか?」との質問に対し、「水も食べ物も分け合っている。心の底から許している。」と答えた。

コンゴには、現在ルワンダのフツ族難民が35,000人、そして、ルワンダ反政府兵士が5,000人いるが、国連、コンゴ、ルワンダは、難民に帰国を促している。その中には、虐殺とは無関係な、当時に子供だったVestineのような若者が多く含まれている。

インタビューアーは、「ルワンダはデリケートな問題を抱えている」とコメントしながらも、Vestineが親類に囲まれている姿を伝えて、このインタビュー番組を終えた。



【 解説 】

1.インタビューしているSorious Samura氏は、ドキュメンタリー映画などを制作しているが、BAFTA賞、Emmy賞2つ、Amnesty International Media賞3つなどを受賞している。レオナルド・ディカプリオが主演した Blood Diamondの助言を(コンサルタント)している。

2.ルワンダ虐殺の規模

1994年当時、ルワンダの人口は8,200,000人。800,000人が殺されたとすると、国民の10人に1人が殺されたことになる。

民族構成は、フツ族85%、ツチ族14%、トウク族1%なので、ツチ族の人口は1,150,000人。800,000人が殺されたとすると、ツチ族の70%が殺されたことになる。

また、800,000人が100日間で殺害されたということは、1日8,000人の虐殺が100日続いたということである。


【 コメント 】

1.ルワンダのポール・カガメ(Paul Kagame)大統領は、村の裁判で告白/懺悔することで減刑される「Gacaca」と呼ばれる方法を作った。恐らくこの方法が最善の策なのだろう。


2.ルワンダでは、日本・日本人と同じで、「水に流す」という文化があるのかもしれない。

3.東アフリカ共同体が数年後にできた段階で、物・人・労働力・サービス・資本は、原則自由に移動することができるようになるので、人口密度が高いルワンダに変化が生じる可能性があると思われる。


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【 参考文献 】

ルワンダの大虐殺 ~恐怖が現実になる瞬間、3か月間で100万人が殺された!~
http://members.jcom.home.ne.jp/invader/works/works_8_m.html

ルワンダにおける1994年のジェノサイド ― その経緯,構造,国内的・国際的要因 ―  饗場和彦
http://web.ias.tokushima-u.ac.jp/bulletin/pdf/soc-19-3.pdf

人道的介入の事例  上野友也
http://www2.odn.ne.jp/kamino/hi4.html


(参考)虐殺事件に関係する近年出来事

2006/11:フランス司法当局が、当時の反政府勢力指導者だったカガメ現大統領(ツチ)が、ハビャリマナ(Habyarimana)大統領(当時)らが搭乗した航空機の撃墜を命じたと認定した。ルワンダはフランスとの国交を断絶した。

2008/8/5:ルワンダ政府は、1994年のルワンダ大虐殺にフランスが積極的に加担したとする報告書を発表した。報告書は、フランスの複数の政治家や軍幹部の氏名を挙げ、彼らは訴追されるべきとしている。それに対し、フランス国防省のスポークスマンは、報告書はフランスの関与に関する証拠を寄せ集めたに 過ぎず、「独立性と公平性」に欠けるとの談話を発表した。

2008/11:ドイツ警察がフランス当局の逮捕状に基づき、カガメ大統領の長年の側近で、カガメ政権で儀典長を務めているカブイエ容疑者をフランクフルトの空港で拘束。その後、カブイエ容疑者の身柄はフランス当局者に引き渡され、パリへ移送された。

2009/11/28: ルワンダは54番目の英連邦の加盟国になる。

2009/11/29:ルワンダ政府は、フランスとの国交を回復する決定を発表した。

2010/1/6:ルワンダ政府による報告書が発表される。(少数派ツチ人との和解を模索していたハビャリマナ大統領に反対する多数派フツ人主体の政府軍が首謀した、という内容。)
Report of the Investigation into the Causes and Circumstances of and Responsibility for the Attack of 06/04/1994 Against The Falcon 50 Rwandan Presidental Aeroplane Registration Number 9XR-NN  通称:Mutsinzi Report http://mutsinzireport.com/

2010/1/26:クシュネル(Bernard Kouchner)仏外相が、国交再開後初めて、ルワンダの首都キガリを訪問。

2010/2/25:サルコジ大統領は、ルワンダの首都キガリでカガメ大統領と会談し、1994年の大虐殺を防げなかった責任の一端が仏にあったと認めた。

2010/3/2:フランス政府は、アガト・ハビャリマナ氏(67)を一時拘束し、尋問した。彼女はルワンダの元大統領夫人で、1994年の大虐殺の首謀者の1人とされる。2008年から、仏大使館の保護を得てルワンダ国内法廷から国際手配を受けていた。

2009/10/12

中国はコンゴ民主共和国への融資額を減額する

■ニュース
2008年4月、コンゴ民主共和国(旧ザイール、以下「コンゴ」。)と中国は、インフラ整備と銅生産プロジェクトをパッケージにした融資契約(融資総額9,000百万ドル)を締結していたところ、2009年10月8日、駐コンゴ民主共和国中国大使(Wu Zexian)は、融資総額を6,000百万ドルに減額した、と発表した[1]。

■解説
1.コンゴと中国の契約について
(1) 主要経緯
2007年9月:コンゴと中国は経済援助協定に調印[2]。
2008年1月:コンゴと中国は融資契約(総額9,000百万ドル)を調印[3]。
2008年4月23日:中国中鉄、中水集団は、銅・コバルト生産の合弁企業設立を発表[4]。
2008年5月:コンゴ議会は契約を承認[3]。
2008年6月:IMF担当官は、「中国との契約を変更しない限り、減免、緊急融資はできない」と発言[5]
2008年8月:国際的なNGOがコンゴ政府に対して、情報を公開するよう要請[6]。
2009年10月:融資総額を6,000百万ドルにすることを発表。

(2)融資契約は、3つの融資区分(tranche)になっているようだ[7]。
①インフラ整備(図1)----(3,000百万ドル+3,000百万ドル)
・道路 (3,800~6,000 km)
・鉄道 (3,000~3,200 km)
・ダム/水力発電所 (2)
・病院 (32~42)
・ヘルスセンター (145~150)
・大学 (2)
・ホテル (?)

②銅・コバルト事業(図2) ----(3,000百万ドル)

3.世銀融資引き出しのための妥協案
最貧国の1つであるコンゴは、世界経済の低迷に伴う金属資源(銅など)の下落により外貨収入が落 ち込み、国際的な支援が必要になっている。支援の1つはOECD諸国による融資に係るパリクラブによる貸付金の減免・リスケ、世銀による融資(600百万 ドル)で、もう1つは中国によるインフラ整備、資源開発のための融資である。
IMFは、中国の融資は必要であるとしながらも、コンゴの債務(11,000百万ドル。今回の中国分を除く。)を増やさない方法を考えるように、コンゴに要請していたが、それに応えた形で中国からの融資を減額した。

図1-1:インフラ事業図












図1-2:コンゴの地図













図2:事業図



■コメント
契約の内容は公開されていない。報道から推測すると、上記のとおりインフラ整備への融資が2つのtrancheになっているところ、その1つ(3,000百万ドル)を外したものと考えられる。だだし、それを中止したのか、一時延期したのかは不明である。

コンゴは世銀からの緊急融資を確保することで、公務員などへの給与の支払いが可能となった。しかし、これは一時的な救済措置であるので、政治的不安定は続くと思われる。

中国の融資条件の詳細は公になっていないこと、また、中国にとって有利な契約になっているように野党議員(そして国民)が感じていることは、将来の不安定要因になると思われる。2008年5月に議会承認した際に、野党議員150人は抗議のため退席している。なぜならば、中国は9,000百万ドルの投資に対し、80,000百万ドルの利益配分が予想されており、野党はフェアな取引であると思っていないからである[3]。

契約を締結した当時の銅価格はUS$8,000/tonであったが、現在はUS$6,000/tonである(図3)。中国側からみると、9,000百万ドルの投資により、約5倍のリターンが期待できるので、採算性は非常に良い。(金利、リスクファクターを勘案する必要があるが・・・。) 中国とコンゴの契約の採算性を左右する要因は埋蔵量、価格であるが、価格は上下するので(図4)、価格が下落した場合、債務保証しているコンゴが中国に対しどのように借入金を返済するのか、というところに注目すべきである。

さらに、東コンゴ地域を拠点としている反政府軍も中国との契約を公表するよう要請していたが[8]、このインフラプロジェクトに従事している中水集団の中国人労働者が攻撃されてしまった[9]。コンゴ住民に反中国感情が高まり、脆弱な中国人労働者が攻撃の的になったと考えられる。

図3:銅とコバルトの埋蔵量・価格・売上













図4:銅価格、コバルト価格($/ton, 過去5年間)





















■資料

[1] 「Chinese companies sign $6 billion Congo deal」(Reuters, 2009/10/08)
[2]「中国の対コンゴ経済援助、アフリカ最大借款提供のねらい」(2007/11/30, Epoc Times)
[3] 「China’s ‘Angola Model’ comes to the DRC」
By Hannah Edinger & Johanna Jansson, Centre for Chinese Studies

「China to seal $9bn DR Congo deal」(2008/04/14, BBC)
[4] 「中国中鉄:コンゴに銅・コバルト生産の合弁企業設立を発表」(2008/04/23, China Press)
[5]「Chinese Companies Amend $9 Billion Congo Agreement (Update2)」(Bloomberg, 2009/10/08)
[6]「中国の民主コンゴへの融資」(DebtNet通信, 2008/12/14)
[7]
「Donors press Congo over $9bn China deal」(2009/02/09, Financial Times)
[8] 「コンゴで再燃した資源争奪戦争」(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版, 2008/12)
[9] 「Armed men attack Chinese firm in DR Congo」(2009/10/06, Xinhua)

ビデオ Newsnight: China $9bn Congo deal
Part 1, Part 2, Part 3


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2009/09/21

ルワンダ虐殺の犯人が引き渡される

■ニュース
コンゴ民主共和国は、ルワンダ虐殺の犯人(Gregoire Ndahimana)を、ルワンダ国際刑事裁判所に引き渡した。[1]

■解説
ルワンダでは、1994年4~7月の約3ヶ月間で、推定80万人~100万人のTutsi(ツチ族)が虐殺された[1]。国連は、1994年11月に、ルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)をタンザニアに設置し[2]、約120人を起訴した[3]。

Ndahimanaは逃亡していた13人の内の1人だが、当時は、ルワンダのKivumuという村の村長であった。その村では、約44,000人の住民の内、4,400人が殺害されたが[4]、Tutsi族は全滅したが[5]、村長らは、教会に逃れていた約2000人を虐殺したとして起訴された[5]。

■コメント
ルアンダからNdahimanaのような人物がコンゴ民主共和国などの周辺国に逃亡している。(コンゴはルアンダの犯罪人を匿っていることになる。)一方、コンゴ民主共和国内でも政府軍と反政府軍の戦いあり、反政府軍はルアンダなどの周辺国に根拠地置いている。(ルアンダはコンゴの犯罪人を匿っていることになる。)犯人を引き渡しあうことにより、両国の政情は安定化に向かうと期待されている。

それにしても、tutsi とhutuの部族間の和解(conciliation)はすすんでいるのであろうか。

■参考文献
[1]「DR Congo deports genocide suspect 」2009/09/20,BBC
[2] 「ルワンダ・1994~何が起こったのか~アムネスティ・インターナショナル1995年年次報告書より~」
[3] ①「ルワンダ国際戦犯法廷」ウィキペディア
② International Criminal Tribunal for Rwanda
[4] International Criminal Tribunal for Rwanda---Status of Cases
[5]「Death and survival during the 1994 genocide in Rwanda」by Philip Verwimp
[6] International Criminal Tribunal for Rwanda:Case No. ICTR-20016-8-I THE PROSECUTOR AGAINST GREGOIRE NDAHIMANA

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